地域医療に生きる 医療過疎地「鹿嶋ハートクリニック」の挑戦:著者である黄 恬瑩(こう てんえい)理事長にインタビューしました!

このたび玄文社では、医療過疎地で循環器専門のクリニックを開いたある医師のドキュメンタリーを上梓いたしました。2009年、茨城県神栖市に医師1人、外来患者のみでスタートした小さなクリニックは、東日本大震災やコロナ禍などの度重なる受難を乗り越え、いかに成長し、地域に貢献してきたのか。

今回は著者である黄 恬瑩(こう てんえい)医師に出版に至った経緯と出版にかけた想いをお聞きしました。

悲しみ、怒り、そして使命感からの決断。医療過疎地に単身でクリニックを開業

―まず、出版に至る経緯をお聞きする前に、なぜ医療過疎地でクリニックを開業することを決断されたのかお聞きしたいと思います。勤務医として順調にキャリアを重ねられ、日々のやりがいもあった中で、なぜあえて先の見えないチャレンジをしようと思ったのですか。

私が昭和大学病院の医局に勤務していたときに、茨城県最東南端の鹿行地域と接点を持つようになったのですが、そこが全国的にみても稀に見る深刻な医療過疎地であることを知りました。そもそも茨城県は医師数が少ない県として知られていますが、鹿行地域に限っては27万人近くが生活しているにも関わらず専門医の数が極端に少なく、十分な医療設備もないため、高度な専門治療を必要とする際には別の医療機関へ搬送するしかありませんした。

しかし、とりわけ心疾患の治療は時間との戦いになる事態も多く、中には搬送の途中で命を落としてしまう方がいたことも事実です。その場で適切な治療を受けることができていれば助かったかもしれない命が儚く消えてしまうことへの悲しみ、そして怒り。これらが自分の中で次第に大きくなり、やがて「循環器の専門医として、医療過疎地の課題克服に向けた取り組みに身を投じたい」という使命感が芽生えたのです。

地域医療に生きる 医療過疎地「鹿嶋ハートクリニック」の挑戦

とはいえ、現実的としては使命感や情熱だけで開業できるほど甘い話ではなく、開業に至るまでには紆余曲折あるのですが、その辺りは本を読んでいただければと(笑)。

誰もが安心して手に取りやすい「本」にして想いを伝えたい

―ありがとうございます。では、あらためてご自身の活動、そしてクリニックの歩みを「本」という形にして出版しようと思ったのはなぜですか。

医師1人で開業した「鹿嶋ハートクリニック」ですが、おかげさまで今では医師10名、看護師30名、専門技師20名、そのほか理学療法士、看護助手、管理栄養士や事務スタッフなどを合わせると総勢124名の体制にまで成長しました。高度な医療機器と過不足のない病床数を備え、今では鹿行地域を代表する循環器専門の医療機関として重要な役割を担っています。

地域医療に生きる 医療過疎地「鹿嶋ハートクリニック」の挑戦

自分で言うのもなんですが、「鹿嶋ハートクリニック」は循環器医療に関しては鹿行地域だけではなく茨城県内を見渡しても、先進性においてはどこにも負けていないと思っています。しかし、私たちの取り組みが地域全体に十分に周知されているには至っていません。

そもそもの開業のきっかけとなったのは、「必要な人に必要な医療を届けたい」という思いがあったからですが、そのためにはまずクリニックの存在を知ってもらうことが重要になってきます。

日常的に循環器系の疾患を抱えている人はもちろんですが、突発的に循環器系の発作などが起こった際に、当院の存在を知っていれば最短で適切な治療を受けることができます。特に心疾患などはいつ発症するか予測不能な場合がほとんどなので、発症した時の迅速な判断が生死を分けることになると言っても過言ではありません。地域の住民の健康を守ることはそこで医療活動を展開する医師の使命でもあるので、まずは当院を知ってもらい、循環器系で何かあった時の選択肢の最初にくるように周知させる。そのために、あらためて書籍という形で地域に対して広く情報発信をしようと思いました。

また同時に、自分たちがクリニックで行っている治療内容をわかりやすく伝えることも重要だと考えました。病院やクリニックというものは、ただでさえネガティブなイメージが付きまとい、なかなか積極的に足を運ぼうとは思いませんよね。ましてや循環器系の専門クリニックともなれば、そこで行われている治療もさっぱりわからず、地域の住民にとっては同じ地域にありながらもクリニックを身近に感じることができないというのが現実だと思います。

地域医療に生きる 医療過疎地「鹿嶋ハートクリニック」の挑戦

しかし地域の病院という存在は、本来もっと身近なものであっていいはずです。急を要する何かが起こった時に駆け込むのではなく、地域の病院である以上、住民の日頃のちょっとした不調や困りごとなどを気軽に相談できる存在として機能することが理想です。そうなるためには、自分たちからやっていることをきちんと説明をして、住民が足を運ぶハードルを低くすることが必要だと考えました。

書籍という形をとったのは、一般的に書籍の信憑性が高いからです。今は情報発信の手段が多様化していて、SNSなどを利用することも考えたのですが、やはり高齢者の方も含めて幅広い年代の方に馴染みがあり、かつ安心感のある書籍という形で情報発信することにしました。

―出版してからの反響はありましたか?何か変化を感じていますか?

一番の目的であった地域の住民への周知という意味では、正直まだ効果が出ているかわかりません。しかし、それ以外のところでは多くの反響をいただいています。

まず、長年の付き合いのある患者さんからの反響です。当院に通われている患者さんの中には、私が勤務医時代から付き合いのある方が何人もいらっしゃいます。お互いをよく知っているがゆえに、あえて当院の取り組みなどを細かく伝えたことはなかったのですが、本を読まれてあらためて当院のことを深く理解できたと言っていました。

また、私が所属しているロータリークラブのメンバーからも反響があり、本を読んで自分にも思いあたる節があるから慌てて受診にいらした方もいます。

意外なところでは、市長さんもお読みになってくれたようで、大変感動しましたとおっしゃり市の図書館全てにこの本を置きたいとのことで、市の予算で一括購入してくださいました。

他にも、親交のある九州の地域医療に力を入れているグループも、10冊まとめて購入してくださいました。今の所は関係者や同業者が中心ですが、これからさらに周知を広げていきたいと思っています。

本づくりは二人三脚。玄文社を選んだ理由とは

―出版社選びはどうされましたか。

実は玄文社さん以外にも何社か候補がありました。実際に企画を進めていたところもあります。今だからこそ言えますが、その中には誰もが知る大手の出版社もありました。

しかし、最終的に玄文社さんを選んだのは、社長である後尾氏の情熱と出版社としてのポテンシャルを感じたからだと思います。

他社さんと話を進めていた時は、そつなく丁寧に向き合ってくれていることはわかったのですが、やはりどうしても“型にはめようとしている”と感じてしまいました。今回のようなドキュメントタッチの本づくりではまず私に対する取材があって、それから文章化していくわけですが、言ったことを形式的にそのまま文章にしているだけであって、真意が伝わっていないのではないかという不安がありました。

私は決して饒舌ではないので、私の話したことをそのまま文章にしたところで、本当に伝えたいことが正しく伝わるとは思っていません。そこはやはりライターの方や編集の方が行間を読んで、話の裏を汲んで、想像力を持って文章にしていただくことが重要になってくるのかなと思います。

そのような意味で、玄文社の皆さんは本当に優れた方ばかりで、経験がおありになるだけではなく出版人としての情熱も素晴らしく、私の話を最大限に引き出して見事に言語化してくれました。仕事としてやっているというよりも、出版人としてのプライドや使命感から、なんとしてでも「鹿嶋ハートクリニック」の取り組みや価値を伝えてやる!という気概を感じました。それは本当に嬉しいことでしたね。

―ライターの方とのやりとりはどうでしたか?

どのような方が執筆することになるのか不安だったので、後尾さんに思い切って「どのような方が担当するのですか?」と聞いてみたのです。後尾さんは「医療関係の執筆経験も豊富な信頼できる方ですよ」と自信を持って答えてくださりました。

そして実際にお会いしてみると、期待以上に仕事に取り組む姿勢が素晴らしく、安心して執筆をお任せすることができました。私自身過去に何度もインタビューを受けたことがありますが、今回のライターさんほど質問の多い方はいなかったです。ライターさんはわからない所はしつこく何度も私に確認し、私が本当に伝えたいことを熱心に理解しようとしてくれました。おそらく自分でもまだ言語化できていない部分まで今回の書籍を通じて言語化できたような気がします。ライターさん以外の方も皆さん話が通じやすく、「わかってくれている」という実感のもと書籍化を進めることができました。

また、私がお話の中で引用した文章や参考にした文献などもしっかり調べてくれたことには感謝しかありません。医療系の出版物は引用が多く、引用元が論文だったり書籍だったりと多岐に渡ります。一つひとつを調べるだけでも一苦労だったと思いますが、丁寧に確認作業を行ってくれて感動しました。

―まさに先生と玄文社との二人三脚によって書籍は完成したのですね!

では最後に、「鹿嶋ハートクリニック」の今後の展開をお聞かせいただけますか。

より一層設備を充実させ、病床数を増やし、医療機関としての規模を大きくしていく方向性で動いていますが、それだけではなく他の病院との連携体制の強化や研究棟の増設、さらにAIの活用など周辺的なことも積極的に展開していきたいと思っています。

地域医療に生きる 医療過疎地「鹿嶋ハートクリニック」の挑戦

その一方で、「必要な人に必要な医療を」という初心を忘れないようにも心がけています。

どれほど「鹿嶋ハートクリニック」の規模が拡大していったとしても、地域の町医者として地域の人たちに密着して診療・治療、健康指導を続けることが私たちの使命であることには変わりないので、足元をしっかりと見つめながら一歩一歩道を進めていきたいと思っています。

―私たち玄文社の理念は「文化の継承」なので、今回の書籍づくりを通して先生の活動が後世の人に語り継がれるようになれば本当に嬉しいことです。今日はありがとうございました。